「ブロウの日記」ですけど・・・。
初めまして、ブロウです。毎日の生活で感じたことについて、書いていきたいと思います。それは身の回りのことかもしれないし、ニュースかもしれないし、僕の周りの人が体験したことかもしれません。
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厳しい親父に今の子どもはどうするか!? ・・・向田邦子の『男どき女どき』によせて
今日、私は図書館で、向田邦子の『男どき女どき』を借りてきた。
ちなみにこの本のタイトルは「おとこどきおんなどき」ではなく、「おどきめどき」と読むらしい。
この中に、気になる章があった。
それは、184ページから186ページにある、『壊れたと壊したは違う』という章だ。
(※(注) この章のタイトル、「壊れた」「壊した」には、本によると、ルビ(文字に「、」)が振ってある。)
この章は、「私(向田邦子)」が小学六年のときに、ガラス製の筆立てを落として割ったことについてのエピソードが書かれている。
この章によると、
「私」は、ガラス製の筆立てを落として割ったことについて「父」に怒られるが、怒り方が「私」が
と言うと、
しかも、
・・・といったことが書かれていた。
中でも強烈なのは、「私」が
「父」が、
と言って、
そして、
・・・といったことが書かれていた。
ちなみに『男どき女どき』によると、登場人物の「父」は、
とある。
・・・ところで、私が気になったのは、
「もし、このような父に怒られて、今の子どもたちはどう反応するだろうか?」
というよりは、
もし、今の子どもたちが『男どき女どき』に登場する「私」ならば、父親にこのように怒られた時どう思い、どんな行動を取るだろうか?
ということだ。
・・・『男どき女どき』での「私」の反応は、
とある。
・・・おそらく、今の子どもたちも、そう思う人が大多数だと思うが、中には
「あのクソ親父、ムカツク!!」
と思う人が居るかもしれないと私は考える。
だが、中には、「ムカツク」を通り越して、いわゆる「キレる」という状態になって、ものを投げつけたり、父親を殴り返すこともあるのではないだろうか!?
しかし、キレるだけならまだいいが、父を殺そうと思った人もごく少数だが居るのではないだろうか!?
最近、愛知でバスジャック事件が起きたが、犯人の中学生は「親に怒られた嫌がらせ」で犯行を行ったのはほとんどの人が報道などで知っているだろう。
・・・私は、そのバスジャック犯の少年に聞きたい。
「あなたが、もし、『男どき女どき』の「私」ならば、「父」に怒られた時、どのように行動するか。」
・・・ところで、『男どき女どき』では、「私」は、そういう「父」に対して
と結んでいる。
・・・私は、親が怒るのにはほとんどの場合はもっともらしい理由があると思うが、最近、親に怒られて犯罪を起こす人は、親に怒られたことに対してその場その場の怒り、衝動で犯行に及んでしまうのではないかと考える。
・・・最後に、とても恐ろしい想像だが、もし、『男どき女どき』の著者、向田邦子(「私」)が「父」に怒られていたあの場面でキレていたり、「父」を殺していたら・・・
・・・もしかしたら、有名になるとかならないとかの問題よりはむしろ、「「父」が立派である」ということに事が起きて気づくだろうが、
「自分で考え行動する習慣」
は身につかなかったのではないか、と私は考える。
(※参考文献 向田邦子 著 『男どき女どき』
新潮社 (昭和57年)
※※この記事は、『男どき女どき』の184ページから186ページの
『壊れたと壊したは違う』
を参考、引用した。
※※※(注) この章のタイトル、「壊れた」「壊した」には、文献によると、ルビ(文字に「、」)が振ってある)
ちなみにこの本のタイトルは「おとこどきおんなどき」ではなく、「おどきめどき」と読むらしい。
この中に、気になる章があった。
それは、184ページから186ページにある、『壊れたと壊したは違う』という章だ。
(※(注) この章のタイトル、「壊れた」「壊した」には、本によると、ルビ(文字に「、」)が振ってある。)
この章は、「私(向田邦子)」が小学六年のときに、ガラス製の筆立てを落として割ったことについてのエピソードが書かれている。
この章によると、
「私」は、ガラス製の筆立てを落として割ったことについて「父」に怒られるが、怒り方が「私」が
「壊れました」
と言うと、
いきなり平手で「私」の頬を張り飛ばし
しかも、
威圧的な声で怒った
・・・といったことが書かれていた。
中でも強烈なのは、「私」が
「落っことしました」
とのどをヒクつかせながら詰まる声で答えると、
「父」が、
「そんなのは、壊したというんだ。壊れたとは全然違うんだ」
と言って、
紙に鉛筆で、「壊れた」「壊した」と書き、私の顔に突きつけ
そして、
「どうだ、違うだろ、はっきりしろ、これからも、ずっと、そうしろ」
と命令した
・・・といったことが書かれていた。
ちなみに『男どき女どき』によると、登場人物の「父」は、
明治生まれの父は、格別の教養もなく、保険会社の支店長まで務めたありふれた日本男児である。血圧が高く、趣味みたいに怒っていた。
とある。
・・・ところで、私が気になったのは、
「もし、このような父に怒られて、今の子どもたちはどう反応するだろうか?」
というよりは、
もし、今の子どもたちが『男どき女どき』に登場する「私」ならば、父親にこのように怒られた時どう思い、どんな行動を取るだろうか?
ということだ。
・・・『男どき女どき』での「私」の反応は、
私は悔しくて嗚咽が止まらなかった。正直いってなんとひどい親だろうと恨みもした。
とある。
・・・おそらく、今の子どもたちも、そう思う人が大多数だと思うが、中には
「あのクソ親父、ムカツク!!」
と思う人が居るかもしれないと私は考える。
だが、中には、「ムカツク」を通り越して、いわゆる「キレる」という状態になって、ものを投げつけたり、父親を殴り返すこともあるのではないだろうか!?
しかし、キレるだけならまだいいが、父を殺そうと思った人もごく少数だが居るのではないだろうか!?
最近、愛知でバスジャック事件が起きたが、犯人の中学生は「親に怒られた嫌がらせ」で犯行を行ったのはほとんどの人が報道などで知っているだろう。
・・・私は、そのバスジャック犯の少年に聞きたい。
「あなたが、もし、『男どき女どき』の「私」ならば、「父」に怒られた時、どのように行動するか。」
・・・ところで、『男どき女どき』では、「私」は、そういう「父」に対して
今思うと、決して子どもに媚びず、手かげんしなかった生き方は立派ではないか。
おかげで、自分で考え行動する習慣がついたし、そういう意味では感謝している。
と結んでいる。
・・・私は、親が怒るのにはほとんどの場合はもっともらしい理由があると思うが、最近、親に怒られて犯罪を起こす人は、親に怒られたことに対してその場その場の怒り、衝動で犯行に及んでしまうのではないかと考える。
・・・最後に、とても恐ろしい想像だが、もし、『男どき女どき』の著者、向田邦子(「私」)が「父」に怒られていたあの場面でキレていたり、「父」を殺していたら・・・
・・・もしかしたら、有名になるとかならないとかの問題よりはむしろ、「「父」が立派である」ということに事が起きて気づくだろうが、
「自分で考え行動する習慣」
は身につかなかったのではないか、と私は考える。
(※参考文献 向田邦子 著 『男どき女どき』
新潮社 (昭和57年)
※※この記事は、『男どき女どき』の184ページから186ページの
『壊れたと壊したは違う』
を参考、引用した。
※※※(注) この章のタイトル、「壊れた」「壊した」には、文献によると、ルビ(文字に「、」)が振ってある)
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